人のせいにしない


先日、辞めた会社の友人から電話がかかってきた。
そして、あたしのお金を盗った人と直接話をした。


友人は「絶対にみとめないんだよこいつ、だから直接話せ」と。
なにを言ってるのか、理解不能だなぁ、と思った。
なぜならば彼は絶対に認めるはずはないのだ。
認めたら、終わりなのだから。
その場で仕事をしていくには絶対に認めるわけはないではないか。
なぜそんな単純な事がわからないのだろう。


あほらしくなりつつも、本人と話したら「僕は疑われて迷惑しています」と眠そうな声で淡々と話した。
それ自体が、もうあほらしくでどうしようもない。
普通、怒ると思うのだ。
本当に、やっていなくて疑われているのなら、人間は烈火のごとく怒るはずだ。


あたしは同じように淡々と話した。
「あたしは辞めるという結果を出したのですからもう後はそちらの人間関係に関係するつもりはない、という事です。後はNot my business。あたしには関係ありません。あんたがこれを今更認めようと認めまいと、知りませんし、認めたからといって、別にお金ももう返して欲しくもありませんし、どうでもいい事です。終った話です。そしてあんたが認めないという事は私はわかっています。誰が自分の非をすんなり認めるもんですか。あんたの非は、認めたら仕事がなくなる家がなくなる(会社所有の寮に住んでいる)といった生活に根ざしているものですから認めるわけがありませんしね。もうどうでもいい事です。」


彼はただ、黙った。
あたしは彼を裁かない。
あたしの仕事じゃないからだ。
あたしはじぶんで結論を出した。
泥棒のいるところで仕事はしたくない。
たとえそれで自分が無職になったとしても、だ。
あたしは人のせいにはしない。
自分に起こった物事から、自分がどう行動するか、を算出して、ただ、それに従うだけだ。
起こった物事から何を学んで、次にどう生かすか、の方が大切だからだ。


友人はあたしに言った。
「仕事がしにくい。モチベーションが上がらない。どうせなら言わないでいて欲しかった」と。


そのモノイイに友人にすら呆れを覚えた。
仕事がしにくいのはあなたの問題。
モチベーションが上がらないのもあなたの問題。
どうせなら言わないで欲しかった、というのは、「ない」選択。


あたしは友人に言った。
あなたが持ってきた仕事の話だ。
仕事として見てみても、話を持ってきた人に辞める理由は話すし、それ以前に前々から友人であったのだから、仕事の人間関係を抜きにしても、あたしは友人としてあなたにこの話を話しただろう。だから、理由を話さないというのはあたしにとってはない選択だ、と。


「あなたのせいで疑われて迷惑しています」
「君が理由を話さないでいてくれたら、仕事しやすかったのに」


いつまでも人のせいにして生きる人たちよ。
同じ穴の貉。
哀しき人たち。


グループマインド。
その場にいると、そのマインドに影響される。