辞めちゃった人


年が明け正月を実家で過ごし、学校が始まった。
年が明けたら2名退校していた。


1名は年末にもう就職が決まっておられたので退校することは知っていた。
男性で御家族があり、嫁様にも再三に渡り早くお仕事を!一刻も早く就職を…と!せっつかれていたそうでちょっと崖っぷち、そんなこんなでとてもがんばって就職活動されていたので決まった時はこちらも「良かったですね」と嬉しかったしクラス半分ほどの人数で忘年会兼就職祝という事で呑みにいったし、で良かったのだが。


もう1名の退校は私にとってはちょっとショックであった。
その方も男性でいろいろと問題を抱えていた人であった事は確かなのだが。
授業中寝てばかりいらっしゃったその人はクラスで一番浮いた存在。というか、うちのクラスは主婦率が非常に高く、男女構成比は男1:女2といった感じである。クラスの倍が女性でその中での主婦率は高い。女性で未婚はあたし含めて4名だけだった。当然主婦の方達は仕事を見つけるという観点で見れば切羽詰っていない緩やかな雰囲気をかもし出している。「終わったら旦那の扶養にとりあえず入れなきゃー」といった具合である。そしてそんな彼女達は基本的にヒマ感を醸し出しつつ、適当にグループ化して、そして一人の人に常にフォーカスしていた。。。。
それが今回辞めてしまった彼である。いつも皆が昼休み話していた。「見たくないのに見てしまうんだ。やたらと寝たりおかしな素行でちょっと気持ちが悪いんだ…」と皆が口を揃えて言う。あたしはそれを聞き思う。「見たくないなら席は自由なんだから見えない席に移動すりゃいいのに…」と。

ちょっとその異質の人だと皆に思われていたその彼に対して激しい嫌悪感やら色々な見えない壁をザクザクと音を立てて周りが構築しはじめていたのはだんだんと感じていたのだが、そういうものに色々と煩わされたくないのであたしの場合は、”一番前に座る”という事で、授業中に起こっているほかの人の動向を見えないようにするといった事を最初から選択していた。先生の顔しか見えないほうが気が散らない。しかも前というのは案外先生は死角だったりする。教室全体を見渡して、一番自分の落ち着く視線場所は、中間地点だ。少なくともあたしはそうだ。だから本当に一番見られているのは一番真ん中あたりだというのが持論である。あたしは好奇心旺盛なので、自分は色々なものに目を奪われるのがわかっている。知っているから自己で防止だ。ああこれに学生時代気づいていたら!等と思ってみても過ぎ去った過去はもどらない、なので現在実践だ。


職業訓練なので、必ず色々とキャリアカウンセリングやらワークやらが授業の中には含まれている。
そして、年末最後の授業でそれは起こった。
産業カウンセラーによるメンタルヘルスの理論のクラスでセルフケアの概念を勉強。
彼は、ミスった。ミスった、というか、なんというか…。
ワークの答えを各自発表した時、ストレス解消に何をするか?で一人が発言した。「お風呂でストレッチ」その発言に彼はあろう事か「旦那さんと一緒にオフロに入るの?」と質問したのだ。その子は新婚だ。結婚して東京に春に来たばかり。クラスの人物の情報は初日に皆が自己紹介させられるのであらかじめ皆の頭にはインプットされている。グループの空気が完全に凍る。グループの中の一人、ベテランの主婦の方が「それはセクハラ発言!ありえない!」と激怒。産業カウセンラーの先生は放置。いや先生あんたカウンセラーって名前ついてんのんとちゃうん…。どないかせんとあかんちゃうん?と思ったが先生は発言に気づいていながら苦笑いしながら、授業を結局そのまま続けてしまった。休憩時間になんか対応するか?と思ったがそれも先生は放置してしまった。
その後、次の授業が始まると彼はグループワーク中に机に突っ伏して寝てしまったのである。靴を脱いで。えええええ?靴脱ぐって…びっくりした。あたしは真横で靴を脱ぎありえないほど堂々と机に突っ伏して寝てしまった彼を横目で見ながら、授業は続く。一応声がけだけする。「大丈夫です?寝てるんですか?」彼は「耳だけでちゃんと聞いていますから大丈夫」と変な理屈を私に言って、そのままの格好で授業は進む。また各自発言する場面。比較的ズバッとした物言いをする方が彼に向かって「授業中後ろでずっと寝ていてもかまわないけど、グループワーク中だから起きれば?」と言ったら、彼は「だって眠いんだもん…」と発言。皆がもう怒っている。彼はある特有の一定の人が纏う空気を纏った人だ。「自らで人の逆鱗逆なでスイッチを自分でつけて回る」ような人だった。あたし以外全員、皆が「怒って」いる。怒りの空気がそれぞれの人を包む。新婚主婦は「変なことを言われた不快感」に顔をしかめ、ベテラン主婦は「セクハラ発言をしてさらにわけのわからん事をいう怒り」に顔を歪め、ズバッとものいいサンは「寝るってなんやねん!」と赤い怒りのエネルギーの矢をバシバシと彼に放っている。。。。。。
痛い。皆のエネルギーが肌に刺さる。あたしの場合本当に「痛い」のだ。チリチリする。あたしはこのようなエネルギーにさらされるとまるでハングしたような状態になる。自己を観察することしか出来ない。

彼はその皆の怒りの攻撃に、みるみると”斉藤さん”のような顔に変化していく。吉田戦車の漫画の斉藤さんにそっくりだ。ああ今にもぶぶぶぶと涙を流して飛び立ってしまうのではないか、とはるか昔に読んだ漫画の斉藤さんがいきなり思い出された自分の頭の中を観察して、フリーズしているあたし。
できることはひとつだけだ。あたしは先生にひたすら「あんたカウンセラーなんやったら、この空気読めんでどおしますねん、ちょっと介入するべきちゃうの?」と目配せをし続ける。先生はあたしの視線に気づいていたし、わかっていたけど、対処しなかった。そのまま、休憩時間。ブレイク。


休憩明けその日最後の授業の前、彼は突然「病院に行くので帰る」と講師に告げ、そして退校した。。。。。


あれは先生の進め方でもう少し違う結末を迎えられたのではないのか?それともフリーズが解けた後積極的に場に介入した方が良かったのだろうか?と。
何かあの場で、自分が出来ることはなかったのか?と思って辞めた事自体がショックなのだった。最後の授業前あたしはトイレに行った。トイレから帰ると彼はもう帰っていた。最後の授業で何とか自分で出来る範囲で、雰囲気を変える方向性へ転換しようと思っていたのだが、彼はその休憩時間中に辞めてしまったのだ。
人の神経を自らで逆撫でしてしまう行動を自分の意思であえて行っているとは思えないが、知ってか知らずか取ってしまう彼は、「人間関係で仕事を辞めた」と、自己紹介の時に語っていたことを思い出した。
一人いい子ぶりたいわけではない。でもあたしは彼の人の神経を逆撫でする気持ちの底にある、彼の悲しみのようなものに触れてしまった様な気がしたのだ。授業の最初の時間に少しだけ彼の気持ちが開いた瞬間があったのだ。多分通常の人間には感知できない種類の微細なものだ。だからセラピストなんていう因果な商売が出来る訳だが。自分が見えないものを感じている、なんて書くと電波発言もはなはだしいが、いわゆるノンバーバルコミュニケーションを感知することに長けている、と言えばロジカルな知的な人は受け入れてくださるのだろう、かな?


セクハラ発言は確かに女性にとっては気分の悪いものだ。そしてそれをちゃんと指摘することも大切だ。皆がそれぞれの立場で別に悪いことをしたわけでも排除しようとしたわけでもない…。いや、違う。あの雰囲気は「排除」だった。座っていて双方向から渦巻いているエネルギーであたしは身動きできなかった。固まってしまった。女性3人の憎悪が練りこまれて赤黒くなって攻撃の矢の形に形成されていく只中で、手出しできなかった、が本音だ。


彼が気づけばいいのにな、と思う。あたしはそれしか、祈れない。フォローしてあげられなくて、ごめんよ。Oさん。