男の中に女が一人


超個人的あそびましょパーティーの中での出来事。


登場人物は老若男女合わせ総勢30名ほど。家族参加、カップル参加、シングル参加、各種構成取り揃え。
泳ぐ奴は泳ぎまくり、遊ぶ奴は遊びまわり、昼寝をする奴はただひたすら寝る、喰う奴はガンガンと喰う、呑む奴は呑みたおし、オトかけたけりゃオトを好きなだけ勝手にかける。
ひたすら勝手気ままにそれぞれがそれぞれの好きなことをしまくるという、たいそう気持ちのよいものであった。
何軒かがそれぞれスペースを開放し、寝るとこ、チルするとこ、騒ぐとこ、食べるとこ、と役割分担。


が、しかし、寝る時になりそれは突然の変貌をとげたのであった。。。。


女性チームは一軒の家で寝る事に。
ほぼ、既婚者。独身であるのはあたしともう一人のみ。
子供を寝かしつけた既婚女性が集まると旦那の愚痴が始まる。。。。。。
昔結婚していた時に奥様連中と適当に付き合いしていた事があったが、シングル(リプライズの身としてはこの話題は久しぶりであった。
ああああああ、気分が悪くなってきた。
久しぶりに聞く旦那愚痴話。


突然過去にフラッシュバックする。


子供の頃から何故か男の子と一緒に居る方が気が楽だった。
自分は女のくせに「あぁあたしってば、女性のここが苦手だったのだ」と再度確認してしまった感。
勿論各人それぞれ一人一人は好きな友達である。今回始めて会った家族の中にそういう方がいた、という話だ。


しかし再体験するという事は、その事をまたまざまざと思い出し、何か過去の自分の置き忘れ、やり忘れを思い出させてくれたような体験だった。


ナニが一体自分にとって苦手なものなのか?


それは好きな人(旦那も好きで結婚したはず)の悪口は自分自身をけなしている事と同じ行為だと感じる事であったり、不毛極まりない愚痴を言い合っての傷の舐めあいだったり、それを聞いてうちの方がましだ、と言葉にせずとも身体に発する優越感であったり、愚痴という名の自慢だったり(屈折してるからかなり苦手)。
あとは繰り返し己の口から出した事は現実となるのに言霊に気をつけろとハラハラドキドキしたりであったり。


あまりに苦しくなってきたのでその場はさりげなく「自然的お肌にやさしいお手入れアーユルヴェーダバージョン」の話題を振り、密かに話題転換してやり過ごす。
ほら、女の人は肌の手入れには激しく食いつくので(苦笑
自分の仕事上、ちょっと普通は知らないテクニックとかが豊富にストックされているので、その中から食いつきそうな話題を撒き餌。
成功。
思惑通りお肌談義になり、愚痴が収まり、気分が落ち着いたところで就寝。


翌日、昼食で「魚を喰らうチーム」に名乗りをあげる。
前日に到着していた他の女性達は前日行ったからと、今日はスルーで残ってバーベキュー。
あたしは食べてないので今日参加。他は昨日に引き続きやっぱりさかなやん!の二度目の全員男の人。激しく心地よい。なんせ気分が楽なのだ。
別に一人だけ女だからって誰もあたしを特別扱いしない。そういう友達達だから。
だからこそ楽。


さかなをたべるとあたまがよくなる?とスーパーで流れている歌を思い出しつつ、豪快に魚を平らげる。美味。


夕食時にも私の苦手が再度姿を現した。
ほぼ全員で入れ替わり立ち替わりの食事中、今回始めて会ったご家族の女性一人がのたまう。
「旦那と結婚したのは年上だったから。働きたくなかった。家のローンを全部払わなくても良いように旦那早死にを望んでいる」と。
しかも旦那の目の前で。
多分いつもの事なのか?旦那はぼんやりと酔っ払っていて聞いているのかいないのか、何の反応もない。
うがーーーーーだめーーーーーあたし、とぞわぞわと鳥肌が立ってしまう。
しかし、何故か突然(勝手に)気づく。
あ、この人は衆人の前では旦那をこう扱い、二人になった時態度豹変のいわゆる「ツンデレ」さんなのだ、と。
ま、人の事はどうでもよいが。なんとなくそう直感したので、まぁいいか、と話を流したが、聞いてしまった以上気分はどんどんと悪くなってくる。
あたしとしてはそういう言葉を聞くと胸が苦しい、という表現がぴったりするので、その場にいられなくなってしまう。
仕事だと出来るのに、何故?いや、遊びの場だからこそ、聞きたくないのだな自分よ。
だって仕事だとその観念を持っていることにより苦しくてもうどうしようもないところに来た人がそれを選び、転換させるために皆様お越しなのだから、ただ愚痴がいいたいのとは違う。
いつまでも言い続ける人はぶった切るし。
もう来ないで下さいと。
仕事する気あるのか?自分、と思うが、乗っかりたい人は儲け主義のカウンセラーに何度も足をお運びになれば良いと思う。
あたしはそんな人ごめんだ。
底の底から「変えたい!」と魂が叫ぶ人だけ相手にしたいしこれからもそうするつもりだ。


聞いていて遣る瀬無く言霊のなんたるかを知らぬ人は怖い。。。。本当に怖いのだ。
と、退散して違う友人の家へ。
そこはまた男ばかりのチルスペース。
んで、ぼんやりとしてやっぱりこっちが気が楽だ。。。。と帰るまでの時間をそこでだらだらと過ごす。


昔、私も愚痴を言った事が勿論ある。
生まれてからこの方一度も愚痴を言った事などございません事よ、あたくし、などとは言わない。
しかし、何も生むことのないもの、生むとしたら負のスパイラル、言い続けることにより言霊の力でそちらに現実が歪む、という事を過去の友人達を見ていて思ったし、自分自身も体験したので、今は言わないし、言ってる人がいたら出来るだけそそくさと逃げる。
とにかく苦しくなるから。


そして今回の旅で再度、自分が幼少の砌より何故女性の中にいて居心地が悪かったのか、を改めて知る事ができた良い体験であったと思う。
そういう意味で今回、愚痴を話す役割をしていただいた方々には感謝したいと思う。


気づかせてくれて、どうもありがとう。


この旅の直前、友人のキネシオロジーのセッションを受けてから参加したので、2日間ほぼ無思考。
エネルギーポジションが変化していたのでアルコールを摂取してもまったくもって酔わず、水みたいで、もったいないので酔っ払いたい人のためにと、自分は水だけを飲んで過ごす。初めて受けたキネシオロジー、恐るべし。
アルコールなど何を摂取してもまったく意識変化なし、酔わない。普段お酒弱いのですぐ酔うのに。


無思考だったが故に入ってくる話が愚痴だと、人の毒に当たりまくり、いつもより人の思念が激しく入ってきて、辛い思いも。
過去の自分にどんどんとさかのぼり、何が自分にとって嫌なものなのか、が明確になり、過去の自分が持っていたモノを思い出させてくれて、その上で、嫌だったら逃げたらいいのだ、逃げれなければ何とかして場を転換させ、自らで居心地の良い空間を作るか、もしくはそそくさとその場を退散し、いる必要はない、仕事じゃないんだから。


という事の再度確認となった感であった。


が、相対的には楽しかった、ような、気がする(ふわふわと雲の中の出来事のようであったが