再会


懐かしい。

薄暗いBar。
ちゃんとしたバーテンダーがちゃんとしたカクテルを作ってくれるBar。
音楽は、ない。
換気扇の音とカクテルを作る音、客の話し声。BGMはそれだけだ。


彼女とBarで酒を飲むのは久しぶりだ。
昔、こうやってよく彼女とふたり、酒を飲んでいた。
女ふたりがお洒落してちゃんとしたカクテルを無口なバーテンダーから作ってもらい、酒を飲む行為というものは、いつもふたりで飲む時の定番だった。


昔の私達は他の者を寄せ付けない、高飛車な、一種独特の世界を共謀して作っていつも楽しんでいた。


夜遊んでいて友達になった。たまたま同じ店にいた。どちらから声を掛けたのか、なぜ、彼女と友達になったのかは、もう、忘れてしまった。


夜の街に顔が利く。大阪ミナミという狭い街ではあるが、どこにいっても彼女には知り合いがいて、特別待遇だった。
いたるところの飲み屋での高待遇、料理屋での上席、vip扱い、果ては演芸場の楽屋にいたるまで、どんなところにもスルスルと通される。不思議な子だった。
夜の街は綺麗な女にはとことん優しいんだな、と私はその時知った。
ふたりともまだ当時は10代。
そして彼女は私より年上に見えたが実はいくつか年下だった。
夜の街の遊び方、酒の知識、人脈、すべてにおいて彼女は私を上回っていた。
なぜそんなに彼女が顔が広かったのかは未だにわからない。
ふたりはなぜかとても気が合った。
毎日のようにふたりして遊んでいた。
彼女と同棲している男との家に私も半分住んでいたような時期もあったくらい、それくらいふたりは仲が良かった。


バーカウンターにまたふたりで座り、昔のように酒を飲む。
久しぶりで話がどんどん弾んでゆく。
ゆっくりとお互いの言葉を味わうような
会話を、昔と変わらず、した。


話もひと段落し、手持ち無沙汰になった彼女は、どこにあったのか、ビニールのしなやかな紐を器用に束ね始め、嬉しそうに言った。
「見て!懐かしくない?あたしの鞭!」
嬉々として鞭を愛おしそうに動かす彼女。
あぁぁ懐かしい。
そうだよね。


彼女の何人目かの彼はとても年上で、そして「M」だった。
妻子持ちで社長。大阪にも店はあったが、彼女にぞっこんだった彼は、妻に大阪の店を任せ、東京にも店を出し、そこの従業員、という名目で彼女は「囲われて」二人は一緒に店の上に暮らし始めた。
彼女は彼の専属の女王様になった。


私もそこに何度かは遊びに行った。
彼女たちの家には鞭とかラバーブーツとかその他各種そちら系お道具がたまに部屋の隅に転がっていた。
倒錯的だな〜と笑いながら、別に友達の嗜好に口を挟む趣味は毛頭ないし、本当に女王様が似合う美貌とスタイルだったから実際に見たことはなかったけれど全身ラバーとか着たら凄く似合うよな、きっと、と思っていた。
空山基の画集から出てきた女。ぴったりだ。
彼女は私に実際に空山基の画集、ガイノイドをくれた。
ありがとう、と受け取ったが、興味がない私は、しばらく放置し、その本を古本屋に売り飛ばした。


あぁ、あんたそうだ、昔、女王様やってたよねぇ〜と、器用な鞭捌きに妙に感心する。
いたずらっ子の瞳の輝きを湛えながら、私にスパンキングしようとし始める彼女。
「やめてよもう 私にその趣味はないよ」
笑いながら鞭を取り上げ彼女に返す。
「えーあんた(精神的に)Mだったじゃん」
「だからあたしたちはとっても仲がいいんだよ」
精神的にも性的嗜好においてもSだった彼女が言う。


私達は支配と隷属という関係性ではなかったが。
ただ、彼女の性格を熟知していた私は、彼女といる時はいう事を聞いてあげる、という役をなんとなく引き受けていた事は確かだ。
ただでさえ美貌でわがままなのでたいていの女からは遠ざけられる。
近寄りがたく、同性から嫉妬と羨望で阻害されるような女、それが彼女だった。
彼女に初めて出来た、長く続く関係の女友達が私だった。
「あたしには女友達は出来ないと思っていた」
「あんたといると楽。何故だろう?」と嬉しそうに言っていた。
いつも紹介されるのはその時の彼か、男友達で、女の友達を見たことは一度もなかった。


わがままな彼女の言う事を聞いてやる事が、私は何故だか苦じゃなかった。
そして、そこには、少しの自虐的喜びがあった事も事実だ。





「もう、やっとここまで生きてきて、自分を苛めて喜ぶことはやめたのよ」
今の私がふわりと笑いながら彼女に告げる。


「へぇ〜そうなんだ。良かったよ。なんだか安心したよ。」
「あたしは、このままで逝っちゃったけどね」
昔のままの姿の彼女が微笑みながら鞭を弄んだ。





そこで、目が覚めた。





彼女はもう、この世にはいない。