大晦日


風がとんでもなく大きな音で吹き荒び眠れないまま迎えた大晦日
ゴォ!ドォ!って、ここ一体何処ですか?な音だった。


来年は自分で決断する年。
流れに任せてよかったのは今年までだ。
なぜなら12年間射手座にいた冥王星が乙女座に移動するから。


流れに身を任せていたら、今年は自分の仕事が仕事として機能し始めた。
自分からやる!と言ったのではなく、人様から「ここで始めなさい」とチャンスを頂いた。
それまではお金を取っていなかった。友達で困ってる人がいたら、こんなのあるよ、と教えて、辛いと言ったら身体を調整した。
ただ、自分が面白いから勉強し始めたものが人様の目に止まり、持ってる技術を使いなさい、と後押ししてくれた。
自分からは何も動いていない。全ての物事が「向こう」からやってきた。
始めなさい、と言われて、あらどうしよう、色んな事やらなきゃ、となった時に今までお金を取ってなく、提供していた人達が皆何かの力で協力してくれた。物凄いリッパなHPをタダで作ってくれたり、場所をお貸ししてくれたり、果てはロゴデザインとか、何から何まで、まるで魔法のようにシンクロしてその時必要な物事を色んな人達が全て無償で提供してくれた。
流れは止まらなかった。自らの意思とは関係なく、外側が勝手に動いていくといった感じの年だった。
でも決してそれはただ流れに身を任せる、というものではなく、本当に見えない力というもので世間に押し出されたといった感触だった。
自分自身がベルトコンベヤーに乗っていて、周りの景色だけが変っていく感触。


この感触は結婚した時も同じものを体験した。
自分は動いてない。ただベルトコンベヤーにいつの間にか乗せられて気づいたら「その地点」にいた、といった気分だった。


来年は今までの12年間のやり方と同じやり方をしていたら先に進めない。
星占いをばかみたいに信じてるわけじゃなく、星の運行はただの天気予報だ。
でも天気予報を見ていたら雨が降りそうなら傘を持って家を出るという事を人はするわけで、天体運行はただ、その参考予報として使っている。
凄く長時間をかけてホロスコープを移動する星が違う星座の室に入る時、そのままのやり方だとうまくフィットしない物事が出てくる。
ただ当たった当たらないとかそういう占術としてみるのではなく、占星術は天気予報なのだ。


風が強いなら、ナイロン素材の風を通さないダウンを来て外へ出よう。
雨が降るなら、傘を持っていこう。
晴れてるなら、どこかへ自分から出かけていこう。
ただ、それだけ。


来年、あからさまに流れが変る。
知ってる人は知ってる、知らない人は知らないだけ。
だからといって、友達の占星術師みたいに、水星が逆行だから物事が上手く進まない…、なんて星のせいには決してしない。(実はたいていの占星術師が苦手だったりする。あいつらは何でも星のせいにしやがる!ケッ!)
雨が降ったら、雨降りのせいで気分が悪い、なんて馬鹿げたことはないのだから。
色々な物事を読み取る時の単純な方法論のひとつであるだけで。
それによって多少の行動に緩急をつけてみるといった使い方をするだけだ。


12年前にあった出来事を振り返り、この12年間で学んだものを次へシフトさせる。
今年までは流れに身を任せる年、来年は自らが動き始める年。
自らの意思で、それを決断する年。
自分の価値感を信じていく年。


だからもう今からわくわくしちゃって、楽しくてしょうがない。節目ってもう、たまんないんだよなぁ〜。
でもエゴは変化を恐れるから恐怖しちゃってる。ははは。ばーか、お前のいう事なんか信じないよ。


今年出会えた全ての人へ。
去っていった全ての人へ。
ご縁あった全ての人へ。
ご縁のない知らない全ての人も。


ありがとうございます。


いつも皆が幸せでありますように(祈