カリスマの手法


辞める事にした。
たった今決めた。


今日会社TOPと直接話した。話したというよりも怒られた。
電話応対について彼の意向に添えなかったからだ。


休日出勤させられていたので、夜叉様はいなかった。
そうなると休日出勤社員のうちで電話を取るのはまずあたしになる。


数日前ミーティングに出席した時、初めて彼の話を聞いた。
カリスマというのはこういう手法で人の心を惹きつける、の典型的話術だった。天才だと思った。


そして、逆もまたしかり。
彼は人の心を完全にコントロールする術を会得しているのだ。


勿論、意向に添えなかった事は
「申し訳ございませんでした。以後気をつけます。」と即座に謝ったが、そこから彼のコントロールが始まった。
「どうしてお前はそういう事をしたのだ?」と質問されたので、
「電話があったらすぐさま回す、こう応対するようにと、指導されたからです。」と答えた。
「それは誰に教わったのだ?」と執拗に聞かれた。
ここであたしが夜叉様の名前を出すと、彼女が今度は怒られてしまう、と思ったので、「誰に教わったといった個人ではなく、皆様がそうおっしゃっておられましたので」と答えた。
だが、彼のコントロールは続く。
「なんだ?お前は小学生なのか?」という科白を延々と繰り返した。


あたしもなんだかんだと職種を経験してきているので、電話応対で怒られる事など、もうない年齢だ。怒っている人の納め方も知っている。ただ、聞き続ける。相手の欲しい言葉を探索し投げかける。ただそれだけだ。嵐は見続けて収まるのを待つ、それが一番だからだ。
怒るのは、クレーマーだけだ。いわゆるいちゃもんはこちらが非の打ち所のない応対をしても怒るものだ。
彼のは、いちゃもんだった。


失礼致しました。以後気をつけます。申し訳ございません。という言葉を会話の中で繰り返しても同じ質問をし続ける彼は一体どの言葉を望んでいるのだろう?と探索し、まだ使っていない、一番稚拙であろう言葉を投げかけてみた。


「ごめんなさい」


そうすると彼は、「最初っからそういえばいいんや」と質問をやめて電話を切った。


彼は関西弁の一番よろしくない言葉を連呼して起こるタイプの人だった。
これは東京の人には辛いだろう。聞き慣れているようで日常では使われる事のない、ことば。
「おんどりゃー系」の恫喝。
あたしは怖くないが。


そして、何が行われているのかを知った。


夜叉様は彼にヤラレたのだ。


夜叉様は彼の秘書だ。
彼が来るとパニック症候群になる。
彼女は仕事が出来る。
あたしは彼女は凄いと思っている。
でも、その責任感の強さゆえのパワーコントロールが行われた。彼がコントロールして、彼女をああいう風に仕上げたのだ。
病ませちゃったんだな。


この手法は、セラピストを裏でやってるあたしには通用しない。
人様の精神をどうコントロールするのか?の典型だ。


そして、次に彼はこういう行動に出るのだ。


お前のためを思って怒ったんだ。
お前を見込んでいるから厳しく接したんだ。
期待しているからこその叱責だ。


と。


彼の意向に添えなかったのは、彼が呼びたかった人間が、業務先に仕事で数時間出ていた時で、同じ部署の人に、電話を回したのが気に入らなかった、というだけの、単純なものだった。
何故俺が呼びたかった人間以外に電話を回したのだ、と。
部屋が分かれているから呼びたかった人間が社外に出ているという事をあたしは知らなかった。だから、その部署の部屋に回したら、その部署で休日出勤しているものが出た、そして出ていることを彼から聞いた、という話である。なんで最初に電話に出たもんが知らんのや?が彼の理論である。
知らんて。そんなん。そして通常の丁寧対応ではないか。いちゃもんをつけられるような事もないほどの些細な事ではないか。


お勤めの身であるあたしはもちろん彼に雇われている人間なので、不条理は感じたが、とりあえず感情を納めてもらおうと即座に自分の非を認め謝った。
これも至極当たり前の話であろうと思う。
ただ、「失礼いたしました」でも「申し訳ございませんでした」でもなく、彼はごめんなさいという言葉を欲していたのだ。
会社でごめんなさい、なんて謝るほうが小学生みたいではないか、普通大変失礼致しました。が社会的ワードじゃねぇ?とか冷静に思ったが。


ヤラレちゃった夜叉様はもう彼のコントロールから逃れる事は出来ない。


カリスマの手法は、単純な飴と鞭。


でも、それがカリスマたる所以で、彼のは非常に巧妙でとてもお上手。


夜叉様のためにあたしはこの会社を去ろうと思った。
去る時に、手法を全部話して。


信じてくれるかどうかわからない。
コントロールされた人間がその呪縛から解けるのは、何かそれを打ち破るための大きなモノゴトが起こらないとだめだからだ。


一般的に見れば、やっぱりあたしも夜叉様攻撃から逃れられなかったまたいつものオンナの世界、と受け取られるが、それでかまわない。
あたしが去ることで彼女にさらに負担を一時的に強いる事になるが、ギリギリカツカツに追い込んだほうが呪縛が解けるのが早い。


毎日じぶんの悪口を言われていても、彼女が何を抱えているのか?の方に焦点を合わせていたから、哀しかった。
この人は大丈夫なんだろうか?といつも思った。


今日謎が解けた。
彼女はカリスマの犠牲者だ。
あたしが直接的に彼女を助ける事はできない。
セラピストだとカミングアウトし、セッションをたとえしたとしても、人間は嫌いな人間からセッションを受けても、きかない。
信頼関係がないのだから、あたしがどれだけのスキルを持とうとも決して彼女は助けられない。


だからあたしは逃げるを今回選択する。
逃げない、とこないだ書いたのは、彼女の攻撃からは逃げないが、原因がわかった今、実質、会社から逃げるを選択したら、一番効果的な荒療治になるから、彼女の負荷を増やそうと思う。ここで追い込んだら彼女は倒れるだろう。倒れていただき、カリスマと接触せずに考える時間を手にして欲しい。


それしか彼女を楽にして差し上げる方法はないと思う。
彼女はこれ以上TOPのそばにいたら、壊れてしまう。


さて、明日も休日出勤。
明後日から行動しよう。


あたしはあたしで逃げる勇気を手に入れた。


日本人って我慢が好きだな。
我慢でなく忍耐。
その違いがわかるようになったのは、あたしは最近の話だ。